都市から地方へ、そして。

私は24歳で大学院を出るまで、東京・埼玉で暮らしていて、その後設計事務所((株)アール・アイ・エー)に勤務し、大阪で暮らしていました。都市に暮らし、都市をつくる仕事をしていました。


30歳を迎えた2008年、将来の独立起業を私は、自分の故郷の東京か、妻の故郷の津山という2つの選択肢を頭に置きましたが、「地方がこれから創造的で、より良い暮らしができる場だと思ったし、そういうものにしていきたいと、地方のこれからに夢をみて、この“自然と歴史”が身近にある津山に魅力を感じ」妻の故郷の津山に住み始めました。

その後、義理の父が営む工務店で管理設計士という設計部門の責任者の役目を一定期間果たし、暮らしていました。義理の父は、材木屋の家系でしたので、都市のコンクリートや鉄骨とは違い、木のことをたくさん学びました。木は、自然物なので奥深く、教科書で学びきれることよりも、経験則によるところもおおくありました。工務店ですので、設計と同時に、材料の値段や、施工の難易度、調達のスケジュール、職人との対話が生むものづくりなど、設計事務所業務だけでは経験できないことを多く経験しました。

また、同時に、その会社では、飲食店や小売店やその他の事業もしていましたので、設計士としての目線だけではなく、経営目線、シェフの使う目線、スタッフの目線、お客様の声などを日々聞くことができ、若き設計士の多くが行う「内発的動機づけ」でデザインを行うこと異なる、「向こう側」の声を形にしていくという目を持つことができるようになっていました。

このことは、後々も多くのお客様、とくに飲食店や小売業をされる経営者の方に、「同じ目線で、実践していた人だから、その苦労や工夫すべき点もわかってくれる。だから、和田さんに頼んだ。」との声をいただけています。

 

また、子どもも授かり、親としての人生も歩み始めました。

その傍ら、子どもを授かったころから意識は明確になり、漠然とした社会への提案ではなく、よりより社会というバトンを次の代である子どもたちに渡したい。いま私たちがすべきことをしよう。

これからの人口減少社での地域社会の仕組みを実践すべく、クリエイティブな視点をもって、地域活動にも積極的に参加するなど、地域生活を自己流に楽しみながら切り拓いていきました。

地域に暮らし、そういった様々な経験と実績を重ねるうちに、ある廃校を再生させたプロジェクト(nap village)がグッドデザイン賞をいただいたのをきっかけに、2013年、いよいよ私自身の考え方を実践すべく、デザイン会社を設立しました。


デザインを通じてよりより社会を作ることが、私の人生のミッションの一つですが、デザイン会社は、基本的には都市型のサービス産業ですので、地方で自立させること自体が難しいとされてます。

市場としてのデザインは疎な状態で、残念ながらデザイン教育機関も都市に集中しているため、デザインを志すものは都市に向かい、都市の市場でその技能を発揮するという流れが主流です。


しかし、「仕事があるから仕事をする」ということと、「社会に役立つから仕事をする」ということは、同じ仕事をするにしても、スピリッツが異なるものです。


日本の社会は成熟期に入って久しいですが、人口減少がようやく大きな課題として公言される段階に達し、縮退するなかで、また同時に国際的な立ち位置も相対的に変わりゆく中、産業や生活の質を保ちながら、社会構造そのものを新しいステージに変えていく必要があります。


かつて、20世紀にはコマーシャリズムと二人三脚で、デザインが産業振興の一翼を担いました。
今日においては、情報社会の中でさらに高度なデザインの視点や技能が求めれらてもいます。

また、デザインには、かたちを繕うだけでない、多くの力が秘められています。

私は、その中で人口減少社会という背景の中で、個が大切にされる時代、
また同時に共同体を成し、ひとが暮らす新しい時代の感覚でのパブリック観を見据えながら、
豊かな暮らしの実践をしていきたいと考えています。

地域に暮らし、地域に軸足を置いているからこそ見えるものや、
やれる仕事があるのではないかという視点をもち、デザイン産業を地域で成立させようと動き出しました。

 

そして、5年。まだまだ小さなものですが、地域内外で、デザインで沢山の役割を担わせていただいています。様々な点が繋がりはじめ、次のステージを目指しています。

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